2008.10.30 篤姫の最期
昨夜、日本史サスペンス劇場で「篤姫のその後」を観ました。

しかし、「篤姫」人気は衰えませんね〜〜

ま、そのお陰で(?)新選組も取り上げて貰った事ですし?良いことには違い無いです♪

「篤姫のその後」

篤姫って、お城から出た後、家定公のお母さまだった本寿院さまのみならず、家茂公のお母さま(名前忘れた)とも同居、してたんですね〜〜  

その事実は知らなかったんですが、篤姫って、太っ腹ですよね〜

で、勝海舟とデート

前々回でしたっけ?篤姫と勝海舟は愛人関係にあったのか?っていう予告してたような気がするので、何かそんなん、嫌やなあ、と思いながらも、興味津々で観てたんですが(苦笑)

ま、、篤姫を吉原に連れて行ったり、、、、
アレは”デート”というより、篤姫が今まで知らなかった所に連れて行ったり、見せてあげるっていう”社会見学”みたいな感じでした。

で、篤姫が慶喜を嫌った理由(苦笑)

「鳥羽伏見の戦いの折、朝敵になるのを恐れて家来を大坂城に置いて自分は江戸へ逃げかえった事!」

私も、もし私が篤姫なら、こんな大将、「なんて男らしくない人!」って思います。

ま、、家定公と家茂公を毒殺したのは慶喜だと思い込んでいたっていう説は、どうかなあ?って思いますけど。

私の勝手な思い込みですが、慶喜ってそこまで肝の据わった人じゃ無かったんじゃないか?って思ってるので(苦笑)

それから、、家定公と家茂公、それに和宮さままでもが亡くなった原因となった”脚気”

白米ばっかり食べてた上流の人が罹りやすかったっていうのは意外でした。

いや〜 玄米食べてた農民はそんな病気には罹らなかったって、ねえ?
やっぱり健康のためには”粗食”がいいんですかねえ〜?

で、篤姫の最期。

大河「篤姫」より先に分かってしまった(苦笑)んですが、、、

この人の生きざまは、本当に「一本道を歩むがごとく」ですね。

あっちこっちにフラフラ(私みたいに 苦笑)すること無く、故郷の薩摩が攻めて来ようがどうしようが、
「私は徳川家の人間なんだ」と腹をくくって、徳川家存続のために身を削った一生だったんですね。

”あっぱれ”だと思いました。

この辺、何となく土方さんと似てますよね?

あ、次回は坂本龍馬を取り上げるらしいです♪
「龍馬暗殺の真犯人は?」とか予告してたんですけど、、、

今度こそ、新事実が出て来たり?するのかなあ〜?(半信半疑)<↓皆さま方のクリックが励みになりますm(__)m>
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