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2008.07.17
幕末単身赴任 武士の食卓
昨日の対ヤクルト戦。
新井選手がスタメンから外れてました。
悲しかったです。
ま、、勝ったから良し、としますが。
さて! 「知るを楽しむ」
再放送を観ました。
タイトルは、「幕末単身赴任 武士の食卓」
今回は、酒井伴四郎(さかいばんしろう)という、紀州(和歌山)から江戸へ単身赴任してきた下級武士の食生活を、彼が書いた日記から読み取るというものでした。
新井選手がスタメンから外れてました。
悲しかったです。
ま、、勝ったから良し、としますが。
さて! 「知るを楽しむ」
再放送を観ました。
タイトルは、「幕末単身赴任 武士の食卓」
今回は、酒井伴四郎(さかいばんしろう)という、紀州(和歌山)から江戸へ単身赴任してきた下級武士の食生活を、彼が書いた日記から読み取るというものでした。
酒井伴四郎 (28歳)は、
1860年、といえば、、浪士組が上洛する2〜3年前?
妻と娘、両親を和歌山に残して江戸の紀州藩邸へ単身赴任して来ました。
仕事は、衣紋方、つまり、お殿さまの着付け係です。
紀州藩といえば、徳川御三家のうちの一つ。
あ!そういえば!徳川慶福(のちの家茂公)が紀州藩でしたよね!
え〜 この酒井さん、今でいえば、大企業 総務部の若手社員が本社へ単身赴任して来た、って感じなんだそうですよ〜
江戸の紀州藩邸は、現在の東宮御所とか、迎賓館とかが有る辺りだったそうで、その敷地はナント!
13万4000坪も有ったらしいです〜〜〜〜
で、酒井さんの食生活ですが、、、
男所帯とはいえ、「自炊が基本」だったそうです。
因みに、とある一日の献立と言えば、、、
朝 芋茶がゆ
昼 炊き立てご飯 イワシの焼き物 焼き豆腐 みそ汁
夕 茶漬け なすの塩押し(漬物)
で、週に3回は、お酒つき(一回 2〜3合)
ま、、、質素、倹約を旨としていたらしいです。
でも、外食もしてたらしいですし、平均するとひと月に10日くらいしか働いて無かったようで、ヒマを持て余してたらしい酒井さん(笑)は、江戸市中を観光しまくり、食べ歩きしまくりだったそうですよ〜
あと、風邪をひいたら、豚肉を食し、、、と、肉は薬と称して食べていたそうで、お鍋にしていたそうです。
みそ仕立ての割りしたで豚肉と野菜を煮た、いわば”すき焼き”みたいなのを食べてたらしいです。
ま、土方さんたちは当時、江戸ではなく、京の都に居たので、酒井さんと全く同じとは言えないと思いますが、
似たような食生活、してたんじゃないかな〜?
あ、いや、、もしかしたら、もっと豪華な食生活だったかも?ですね♪
だって、、多分、下級武士だった酒井伴四郎よりは、高給取ってたと思うし!
え〜っと、次回は、「庶民が咲かせた食の花」です♪
又、観るつもりです♪
1860年、といえば、、浪士組が上洛する2〜3年前?
妻と娘、両親を和歌山に残して江戸の紀州藩邸へ単身赴任して来ました。
仕事は、衣紋方、つまり、お殿さまの着付け係です。
紀州藩といえば、徳川御三家のうちの一つ。
あ!そういえば!徳川慶福(のちの家茂公)が紀州藩でしたよね!
え〜 この酒井さん、今でいえば、大企業 総務部の若手社員が本社へ単身赴任して来た、って感じなんだそうですよ〜
江戸の紀州藩邸は、現在の東宮御所とか、迎賓館とかが有る辺りだったそうで、その敷地はナント!
13万4000坪も有ったらしいです〜〜〜〜
で、酒井さんの食生活ですが、、、
男所帯とはいえ、「自炊が基本」だったそうです。
因みに、とある一日の献立と言えば、、、
朝 芋茶がゆ
昼 炊き立てご飯 イワシの焼き物 焼き豆腐 みそ汁
夕 茶漬け なすの塩押し(漬物)
で、週に3回は、お酒つき(一回 2〜3合)
ま、、、質素、倹約を旨としていたらしいです。
でも、外食もしてたらしいですし、平均するとひと月に10日くらいしか働いて無かったようで、ヒマを持て余してたらしい酒井さん(笑)は、江戸市中を観光しまくり、食べ歩きしまくりだったそうですよ〜
あと、風邪をひいたら、豚肉を食し、、、と、肉は薬と称して食べていたそうで、お鍋にしていたそうです。
みそ仕立ての割りしたで豚肉と野菜を煮た、いわば”すき焼き”みたいなのを食べてたらしいです。
ま、土方さんたちは当時、江戸ではなく、京の都に居たので、酒井さんと全く同じとは言えないと思いますが、
似たような食生活、してたんじゃないかな〜?
あ、いや、、もしかしたら、もっと豪華な食生活だったかも?ですね♪
だって、、多分、下級武士だった酒井伴四郎よりは、高給取ってたと思うし!
え〜っと、次回は、「庶民が咲かせた食の花」です♪
又、観るつもりです♪
ちんちゃん
13万4000坪もあったそうなんですね。
すごいですよね。酒井伴四郎というお方。
今で言えば,豪邸ですよね。
映画『壬生義士伝』では、堺(沖田)さんが、すき焼きをガツガツ食べていたのを
思いだしました。
いつか、京都か東京の新撰組のゆかりの
地で、土方さんが食べたものを再現して
ほしいものです。私個人としては。
すごいですよね。酒井伴四郎というお方。
今で言えば,豪邸ですよね。
映画『壬生義士伝』では、堺(沖田)さんが、すき焼きをガツガツ食べていたのを
思いだしました。
いつか、京都か東京の新撰組のゆかりの
地で、土方さんが食べたものを再現して
ほしいものです。私個人としては。
2008/07/17 Thu 18:16 URL [ Edit ]
Mini子
遅れましたが‥(汗)おかえりなさ〜い。
お疲れ様です♪
私も観ました!
何よりも一ヶ月に10日程の勤務で、後は食べ歩きって言う生活が羨ましかったです。仕事といっても、お殿様の着付けでしょ〜?いいなぁ、楽しそう(笑)
それにしても、江戸時代と今とあまり食べ物変わらないですよね。この時代に外食文化の華が開いたらしいですが、お寿司にてんぷらですもんね。
お疲れ様です♪
私も観ました!
何よりも一ヶ月に10日程の勤務で、後は食べ歩きって言う生活が羨ましかったです。仕事といっても、お殿様の着付けでしょ〜?いいなぁ、楽しそう(笑)
それにしても、江戸時代と今とあまり食べ物変わらないですよね。この時代に外食文化の華が開いたらしいですが、お寿司にてんぷらですもんね。
桃源児
月に10日のみの勤務、羨ましいですね。
まあ、その分、あまり給料は貰っていないということかもしれませんが。
そういえば、新選組も西本願寺を屯所にしていた時には、豚を飼っていたらしいですね。
勿論、食用として。
まあ、その分、あまり給料は貰っていないということかもしれませんが。
そういえば、新選組も西本願寺を屯所にしていた時には、豚を飼っていたらしいですね。
勿論、食用として。
あさぎ
ちんちゃんさんへ
13万4000坪っていうのは、紀州藩邸の江戸屋敷の広さなんですが、ハンパ無い広さですよね〜
伴四郎さんは、敷地内の長屋で住んでたらしいですよ♪
今でいえば、社員寮みたいなもの?
で、そうそう!
映画「壬生義士伝」で、すき焼きねー♪
私もあのシーン、思い出してました。
>土方さんが食べたものを再現してほしいものです。私個人としては。
私もです!
一体あのお方はどんな物を食してたんでしょうね〜?
伴四郎さんは、敷地内の長屋で住んでたらしいですよ♪
今でいえば、社員寮みたいなもの?
で、そうそう!
映画「壬生義士伝」で、すき焼きねー♪
私もあのシーン、思い出してました。
>土方さんが食べたものを再現してほしいものです。私個人としては。
私もです!
一体あのお方はどんな物を食してたんでしょうね〜?
あさぎ
Mini子さんへ
はい!帰って参りました。
ホント、疲れました(苦笑)
で、、Mini子さんもご覧になられてましたか!
そうそう!月の3分の2は食べ歩きと観光、だなんてねー
ホント、羨ましい限りですよね。
>江戸時代と今とあまり食べ物変わらないですよね
私もそんな風に思いました。
実は私、何となくイメージで、江戸時代は油モノが無いように思ってたんですが、それこそ天ぷらなんかも有ったんですもんね〜?
ホント、疲れました(苦笑)
で、、Mini子さんもご覧になられてましたか!
そうそう!月の3分の2は食べ歩きと観光、だなんてねー
ホント、羨ましい限りですよね。
>江戸時代と今とあまり食べ物変わらないですよね
私もそんな風に思いました。
実は私、何となくイメージで、江戸時代は油モノが無いように思ってたんですが、それこそ天ぷらなんかも有ったんですもんね〜?
あさぎ
桃源児さんへ
働く日数が少なかったって事は、、まあ、、そういうことですよね(苦笑)
>新選組も西本願寺を屯所にしていた時には、豚を飼っていたらしいですね。勿論、食用として。
はい、そうらしいですね。
松本良順先生の指導の下、滋養をつけるために豚を飼っていたようですね。
>新選組も西本願寺を屯所にしていた時には、豚を飼っていたらしいですね。勿論、食用として。
はい、そうらしいですね。
松本良順先生の指導の下、滋養をつけるために豚を飼っていたようですね。
dandara
私も観ましたよ〜!
豚肉は新選組も食べていたようですが確か慶喜公も豚肉が好きで「豚一」なんてあだ名があったようですね(笑)
それにしてもひと月10日勤務ってホント羨ましいー。。
豚肉は新選組も食べていたようですが確か慶喜公も豚肉が好きで「豚一」なんてあだ名があったようですね(笑)
それにしてもひと月10日勤務ってホント羨ましいー。。
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