昨日の対ヤクルト戦。

新井選手がスタメンから外れてました。
悲しかったです。
ま、、勝ったから良し、としますが。

さて! 「知るを楽しむ」

再放送を観ました。
タイトルは、「幕末単身赴任 武士の食卓

今回は、酒井伴四郎(さかいばんしろう)という、紀州(和歌山)から江戸へ単身赴任してきた下級武士の食生活を、彼が書いた日記から読み取るというものでした。
酒井伴四郎 (28歳)は、

1860年、といえば、、浪士組が上洛する2〜3年前?
妻と娘、両親を和歌山に残して江戸の紀州藩邸へ単身赴任して来ました。

仕事は、衣紋方、つまり、お殿さまの着付け係です。

紀州藩といえば、徳川御三家のうちの一つ。
あ!そういえば!徳川慶福(のちの家茂公)が紀州藩でしたよね!

え〜 この酒井さん、今でいえば、大企業 総務部の若手社員が本社へ単身赴任して来た、って感じなんだそうですよ〜

江戸の紀州藩邸は、現在の東宮御所とか、迎賓館とかが有る辺りだったそうで、その敷地はナント!
13万4000坪も有ったらしいです〜〜〜〜

で、酒井さんの食生活ですが、、、
男所帯とはいえ、「自炊が基本」だったそうです。

因みに、とある一日の献立と言えば、、、

朝  芋茶がゆ

昼  炊き立てご飯 イワシの焼き物 焼き豆腐 みそ汁

夕  茶漬け なすの塩押し(漬物)

で、週に3回は、お酒つき(一回 2〜3合)

ま、、、質素、倹約を旨としていたらしいです。

でも、外食もしてたらしいですし、平均するとひと月に10日くらいしか働いて無かったようで、ヒマを持て余してたらしい酒井さん(笑)は、江戸市中を観光しまくり、食べ歩きしまくりだったそうですよ〜

あと、風邪をひいたら、豚肉を食し、、、と、肉は薬と称して食べていたそうで、お鍋にしていたそうです。

みそ仕立ての割りしたで豚肉と野菜を煮た、いわば”すき焼き”みたいなのを食べてたらしいです。

ま、土方さんたちは当時、江戸ではなく、京の都に居たので、酒井さんと全く同じとは言えないと思いますが、
似たような食生活、してたんじゃないかな〜?

あ、いや、、もしかしたら、もっと豪華な食生活だったかも?ですね♪
だって、、多分、下級武士だった酒井伴四郎よりは、高給取ってたと思うし!

え〜っと、次回は、「庶民が咲かせた食の花」です♪

又、観るつもりです♪
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