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新撰組屯所

2004年の大河「新選組!」にハマりっぱなしの新選組ファンです♪副長が大好きです(^^)v

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「太閤記」最終回

観ました。
「本能寺の変」(1582年6月21日)(←ウイキペディアにはこう書いて有りました)

光秀「謀反にあらず! 天誅なり!」
信長「笑止!」

しかし、多勢に無勢。
信長は、自分の最期を悟るわけですよ~

そしてとっても有名な「人間50年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしのごとくなり 一度生をうけ 滅せぬ者のあるべきや」と、敦盛(平清盛の甥)をテーマにした能曲を謡いながら信長は、舞うんですね。

これって、事実なのかな?事実とすれば、カッコ良過ぎじゃないですか?
まあ、信長ほどの人だったら、さもありなん、ですけどね~ あまりにも潔い最期だなと思った私でした。

土方さんの最期も、、、いえ、これは悲しすぎるから、や~めた。
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信長が光秀にやられた事を知った秀吉は、それまで戦ってた毛利軍に、退却の挨拶に行くんですね。
この毛利軍見て、直ぐに「あ、長州の旗がある!そっか~ 毛利って、長州やったよね~」と思った私は、新選組ファンです。(←?)

さて、色々すっとばして、光秀を討つべく総大将になった秀吉。
光秀とはあんなに仲良かったのにね~ 柴田勝家に意地悪された時も、光秀だけ、庇ってくれてたのに、、、
「昨日の友は今日の敵」って訳なんですね~ なんか、寂しいな~
で、光秀は敗走。落ち武者狩の百姓にやられたっていうのは、史実なんでしょうかね~ 気の毒な最期でした。

私、光秀って、とっても繊細な神経の持ち主だったんじゃないかって思います。
色々と、考えすぎてしまったんですよ。そしてきっと、優しすぎたんでしょうね~ 戦国の世を生き抜いて行くには。(この脚本ではこう感じました)

光秀は、「この人なら、と思う主君には巡りあえなかった」って言ってたけど、、近藤さんみたいな人となら、合ったかも知れませんね~

で、なんやかんや有って、大坂城にて豊臣秀吉は、最期を迎える訳です。
この最期の場面に、信長が夢枕に立つんです。そして秀吉に「よくやった」って褒めるんです。
で、秀吉は、「褒められた、お館さまに褒められた」と、嬉し涙を流します。
こうして、豊臣秀吉の波乱万丈の人生は、終わりを告げます。
「つゆとをち つゆときえにしわがみかな なにわのことは 夢の又ゆめ」
これを最後に番組は、終わりました。

いや~ 面白かったです「太閤記」。
小六の出番は少なかったけど、、、まあいいとしよう!
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