新撰組屯所

2004年の大河「新選組!」にハマりっぱなしの新選組ファンです♪副長が大好きです(^^)v

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「次郎長」「武士の家計簿」「MusiG」

昨日の「次郎長 背負い富士」は「石松代参」。
次郎長親分の代わりに、金刀羅宮へお礼参りに行った石松。
だまし討ちに遭って、壮絶な最期を遂げました、、、、、

一人であんなに多勢に立ち向かうなんて、なんと無謀な事を、、、
石松が竹やりを振り回してたトコなんかは、サノが槍を振り回してたトコとダブりました。
けど、なんで一人で戦おうとするかな~?死にに行ったとしか思えない。
仲間呼んでから、再度対決すれば良かったのに、、、

で、話はコロッと変わって
知るを楽しむ
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「武士の家計簿」は、今回で最終回でした。
いや~ 今回も面白かったです。

猪山家が、幕末維新の激動期にどのように変わって行ったか?という内容でした。
「勝ち組」と「負け組み」、猪山家はどっち?

答え、猪山家は、勝ち組だったそうですよ。

懐かしい場面(?)、鳥羽伏見の戦いでは、金沢藩は、幕府側についていたそうです。そこで、猪山成之は、経理を担当していたとか。
でも”錦の御旗”の威力は大したもので、新政府軍に組してしまいました。

会津藩や新選組は、さぞ悔しかっただろうな~

で、猪山家。
子供の時からの英才教育が実り、その経理能力を買われた成之は、新政府軍の最高指揮官、大村益次郎から、ヘッドハンティングされ、戊辰戦争では、資金調達をしていたそうです。

戊辰戦争、、、土方さ~~~ん!!(涙)

大村益次郎が暗殺された後、成之は、海軍の経理係り、官吏となりました。

なんと、年収1235円、現代に換算すると、3700万円あったそうです。
けど、驚くのは、まだ早い。

大久保利通や三条実美などは、年収3億円は、あったそうです。
「毎年、宝くじ一等当たってるようなもんですね~」と織田さん(武士の家計簿の著者)は仰ってました。

大久保利通~~~!お前のせいで~~~土方さんは~~~~
(以下自粛)

もとい、猪山成之さんちは、所謂「勝ち組」でしたが、廃藩置県後、そんな武士ばかりでは無かったそうです。
二万人の武士が無職になったそうで、商売を始めたりした武家もあったそうですが、大半が上手く行かなかったそうです。

武士の困窮状態を再現するのに、「相撲見物の荷物番に士族が混ざっていた」
というのがあって、その場面が、なんか観た事あるよな~
って思ってたら、新選組が壬生寺で相撲興行をしたときの場面が映ってました~
捨助が、松平さまに”そこ、オレの場所だぞ”みたいに言ってた場面。
ちょこっとだけでしたが、なんか嬉しかったです~

後、馬って位の高い武士しか乗れなかったらしいですが(知りませんでした)
乗っているのは、士族じゃない人ばかりだった、、、とか。

織田さんは、仰ってました。
維新の激動期に、その明暗を分けたものは、「その時代に合った技術を持っていたかどうか?」
猪山家は、ペリー来航のおりには「そろばん侍」と言われて、戦いにも参加させて貰えなかったという屈辱を受けたらしいのですが、時代が変われば、その能力が生かせて、「勝ち組」になったわけです。

織田さんは、こうも仰ってました。
「臨機応変に対応すること。これが大事で、前の時代にこだわるのは危険な事だ」と。

う~~~ん、私は、新選組ファンですですけども、その通りだな、と納得しました。

「武士の家計簿」は、「平凡な武士の一家が懸命に生き抜いた記録」だと、結んでいました。

いや~ 久々に面白い番組を観た、と思いました。
次回は「新選組」に関する事とか、してくれないかな~?
絶対観るけどな。

で、MusiG

前回に引き続き、ウクレレ奏者のジェイクさんとのセッション。
ウクレレって、ゆ~~~っくりしたフラダンスの伴奏としてしか理解してなかったから、あんな風にロック調にも弾けるんだとは、知りませんでした。

耕史さんのギターとウクレレのセッション、凄く良かった。
あ、ぐっさんの太鼓(?)もね。
ハワイでのストリートか、、、観てみたい。
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こんにちわ

先日は書き込みが連続になり失礼しました。
明治維新の勝ち組と負け組、私は静岡の歴史を通して維新後の旧幕臣を調べていまして、それらを見てみると猪山家のような維新後も活躍する幕臣もあり落ちぶれ果てる幕臣もあり本当に色々です。
ひとつ紹介しますと、幕臣と言ってもピンからキリで特に余り身分の高くない下クラスの武士は時として生活援助の為に傘作りや提灯(提灯)作りなどの内職をしていた為、いざ維新となって武士の特権が失われ資金源が無くなっても、日頃行っていた内職業が身を救う結果となり、中にはその内職業に磨きをかけ立派に成功した武士もいました。いざっというとき、結局身分や位というのは約に立たないものですよね。
ちなみに元新選組隊士の近藤芳助(維新後、川村三郎)は後に神奈川県の県会議員になってます。

毅さんへ

>静岡の歴史を通して維新後の旧幕臣を調べていまして
そうでしたね。
素晴らしいサイトを運営されていますよね。
 
番組内でも、下級武士の方がたくましかった、と言っていました。
上級武士は、気位が高く、そろばんなんて持つのも汚らわしいとかで、上手く時流に乗れなかったらしいです。
そのせいで、悲惨な末路を辿ったりしたそうです。
>元新選組隊士の近藤芳助~県会議員
そうなんですか~
出世したんですね。

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