新撰組屯所

2004年の大河「新選組!」にハマりっぱなしの新選組ファンです♪副長が大好きです(^^)v

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土方さ~~~ん!

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山村 土方はもとより独立国うんぬんではなく、新政府軍にあくまでも抵抗するために蝦夷地におもむいていました。仮に嘆願が認められて自治権を得たとしても、おそらく土方はそれにあきたらずに新政府軍に攻撃を仕掛けることを主張したでしょう。だから、土方にとっては両軍の話し合いが決裂したことは、むしろ望むところだったに違いありません。年明けの明治2年(1869)3月、雪解けとともに新政府軍が進攻を開始し、いよいよ土方歳三の最後の戦いが始まるのです。

以上、記事より抜粋。

は~ ため息しかでません。
そりゃ、土方さんは、思いっきり旧幕府軍側やから、新政府軍を受け入れるなんて事は、絶対に出来なかったと思う。
将軍家のお膝元、多摩(天領地)で生まれ育ったし、京都では、幕府お抱えの「新選組」で活躍してたし、それが、「錦旗」を掲げられたせいで、賊軍よばわりされて、その上、盟友のかっちゃんまで武士としての最期をも許されずに、斬首されて、怒り心頭に達してたと、思う。

思うけど、仮に「自治権獲得」してたとしても、戦う事を主張した、って、、、
う~~ん。

誠の武士道を貫いたんだなとは、思う。
「義」を重んじたんだな、とも思う。

ねえ、土方さん、勝つ、と思ってた?
思って無かったでしょう?
だから、市村鉄之助に「写真」託したんですよね?
自分は死ぬ気で、、、市村を逃がしたんですよね?一緒に死なせるのは、忍びない、と思って、、、

「サムライデューティー」を行使した土方さん、あまりにもカッコ良過ぎます。
あまりにも、悲し過ぎます。








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