新撰組屯所

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恨無限

7月15日付けの朝日新聞 朝刊に載せられてました。



タイトルの”恨無限”ですが、、、

「うらみかぎりなし」と読むのだそうです(-_-;)

では、記事内容をかいつまんで説明致します。

土佐勤王党を結成した武市半平太、
彼は、吉田東洋暗殺の首謀者として牢に入れられ、切腹させられましたが、

その時に書いた「七言絶句」が
この記事の右側に書いてあるもの、だそうです。

意味は
「ついに政敵を倒し意気揚々という夢を見たあと、汗びっしょりで目覚め、恨みが限りなくつのる」
だそうで、

”山内容堂公や土佐藩政への激しい恨みや志半ばで切腹する無念さ”
をつづっているのだそうです。

この記事を読んでいると「龍馬伝」でのシーンが思い浮かんで来たんですが、
ドラマでは、半平太は最後に容堂公から認められ、気分さっぱりで死んでいった(?)
みたいな感じで描かれてましたが、

実際の所はこの「七言絶句」を読む限りそんな”爽やか”、、、(というのは語弊があるかも?ですが)
そんなもんじゃ無かったみたい、ですね。

尚、この書について記事にはこう書かれています。

>今年四月、高知市内の男性(故人)の家族が同市に寄託。 
縦約120センチ、横約28センチで、掛け軸に貼り直してあった。

添えられた由来書には、武市を慕っていた牢番に贈られたものを譲り受けたとあった。


”牢番”、、
そういえば、「龍馬伝」でも居ましたね。



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この記事へのコメント

巨奸

当時の土佐藩の体制を「巨奸(きょかん)」と表していますね。
私は、果たして、彼はどうなのかと反対に
思ってしまいました。
以蔵の後ろには彼らがいたわけですから、
暗殺弾の黒幕ですよね。
殺された方も彼らのことは憎んだでしょうし。
恨無限(うらみかぎりなし)、、怖い話です。

  • 20110717
  • みちこ ♦z8Ev11P6
  • URL
  • 編集 ]
みちこさんへ

調べてみました。
巨奸とは、”悪者・政敵の意”を表すのだそうですね(-_-;)

ドラマではここまでの恨みは感じなかったのですが、実際の所は相当、だったのでしょうね。

  • 20110718
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]

龍馬伝は見ていないのですが、恐らく山内容堂は最後まで半平太を許したり認めたりはしていなかっただろうと思います。
彼の無念が伝わってきます。

我が家は読売新聞ですが、私もこの記事、読みましたよ。
武市半平太、本当に悔しかったようですね。。
ドラマとは違うみたいで、少し複雑な気持ちです。

  • 20110718
  • まー ♦-
  • URL
  • 編集 ]

龍馬伝でも武市半平太と言う人は、ほんとはこういう句を残してもおかしくないような、激しい気性の持ち主でしたもんね。
私的には、自分の思う事を押し殺して何があっても自分のお殿様に従って守ると言うか、慕う人の方が好きですけども。。。

  • 20110718
  • Mini子 ♦a2H6GHBU
  • URL
  • 編集 ]

関東ではこの記事は載っておりませんでした。前にも関西には載って関東には掲載されていないと言うことがありました。
で、武市。龍馬伝の人物像は偶像化しすぎのようでしたね。幕末に足跡を残したかったのに自分の主張を認めない土佐藩や容堂への恨みや無念さは凄いですね。この七言絶句に執念を感じます。イマイチ好きになれない人物でしたが、一寸哀れでもあります。

  • 20110718
  • 早々 ♦-
  • URL
  • 編集 ]
桃源児さんへ

実際はそのようですね。
ドラマはやはり脚色されていたという事みたいですね(^_^;)

  • 20110719
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
まーさんへ

読売新聞にも?でしたか(*^_^*)

ホントに、ドラマと実際は随分違ったようですね(^_^;)

  • 20110719
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Mini子さんへ

ホント、気のつよい人でしたもんね(^_^;)

>何があっても自分のお殿様に従って守ると

そうですね、私もそのような人の方が好みです(^^)v

  • 20110719
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
早々さんへ

あ、そうだったんですね?

あのドラマを観ていた限りでは、最後は容堂公と半平太、許し合った感じでしたが、、
実際はそうでは無かったようですね(^_^;)

>一寸哀れでもあります

そうですね、私もそう思います。

  • 20110719
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
国を治める立場

自分は容堂公の "国を治める立場" として
半平太達を切り捨て踏み石とし、自国の民を戦に巻き込まなかった事に
理解し得る部分が無くもない感じがします

結果、土佐の領地が戦に巻き込まれれずに済んだ訳ですから...
若い力が闇雲に正義を掲げて突っ走っていると、応援したくなったりしますが
TOPに立つ人の考えは、また "別の次元にある" 事を忘れてはならないのかも知れません

"半平太が可哀想" と思いがちですが、
半平太も弟子達を従える立場として、何故国を治める "長" の立場を理解しようとしなかったのでしょう?

半平太の "器" は一国を語る器ではなく、"塾長" レベルの器だったという事なのでしょう
そう考えると半平太の "恨み節" もちがう見え方がしてきます
死の間際、半平太が己の器の小ささを思い知って自己嫌悪に陥った、とも考えられなくもありません

  • 20110720
  • Yoshua ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Yoshuaさんへ

>TOPに立つ人の考えは、また "別の次元にある" 事を忘れてはならないのかも知れません

私もそう思います。
やはり上に立つ者は何事をするにも視野を広く持って考えなければいけませんものね。

>自己嫌悪に陥った、とも考えられなくもありません

そうですね、そういう見かたも出来ますよね。
武市は、牢で色々考えたと思います。
恨みばかりではなく、それまでの自分の事、国のこと、容堂公のこと、、、
それこそ反省もしていたんじゃないでしょうか。

  • 20110720
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]

武市半平太は不思議な人だと思います。藩の枠から飛び出ることができなかった狭量さを感じさせる一方で、多くの人から絶大な支持を得ている。
牢番まで、心酔してしまうカリスマ性も確かにある……。

龍馬伝の半平太は最悪でした。
少なくとも、あんなつまんない人ではないと思います(^_^;)

MAHHYAさんへ

コメント返しが遅くなり、申し訳ございません。

>牢番まで、心酔してしまう

本当に。

龍馬伝は、、、
かなり脚色されていたという事ですね(^_^;)

  • 20110726
  • あさぎ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
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